When I Was Young/The Animals

昨日の日記は中途半端な所で終わった。第一、Cさんの言いたかったメインテーマにはほとんど触れず、枝葉部分のみ拝借して、自分自身のことを語ったにすぎない。
そもそも、Charlieについてあんな書き方をするのも、言葉足らずだった。10代でデビューした彼の類い稀な美しさに眼をつけた日本のマスコミは、派手なヘアスタイルやファッションを彼に施し、勝手にアイドルに仕立て上げた。当時の私は、そんな姿を見ても「今どき珍しいほどきれいな子だな」という程度の認識しかなった。本当に彼の美しさに釘付けになったのは、それから何年も経て、本来の路線で地道に活動している姿を偶然眼にした瞬間だった。運命の再会ではなかろうかとさえ思った。まあ、こんな具合に、外見に惹かれる場合でも、相当なこだわりがある。
高3の時、校内でよく見かけるきれいな子がいた。恋愛感情とはまた違う気持ちで、その姿を見るのが楽しみだった。会うたびに私があまりにも凝視するものだから、相手も私の存在に気付いているようだった。やがて、顔を合わすと、どことなくはにかんだ表情さえ見せるようになっていた。噂によると、目ざとい女生徒の間で話題になっている2年生の子らしかった。誰が話しかけても無視するという、そんなミステリアスさにも、ますます興味が沸いた。2年生の修学旅行に引率する先生が多くて、他学年の授業まで少し潰れることになった。自習時間が3時間も続いた時、私はフラリと美術室に行った。何とそこには、旅行に不参加のその子が1人いた。そこで引き返すのは不自然だ。「ここに座っていい?」と尋ねると、彼は黙って頷いた。私は5mぐらい離れて座った。「いつも見ていたのを知っていた?」「迷惑?」「しばらくじっと見ていてもいい?」最初の問いには頷き、次に首を振ってから、最後にまた頷いた。それからずいぶん長い間、互いにほとんどしゃべらず、時々顔を見合わせて恥ずかしそうに微笑み合うだけだった。距離は2mぐらいまで接近していた。それで充分だった。自分でもあきれるほどだった。
今にして思えば、それほど美しい子ではなかった。若い頃のノーメイクのDavid Bowieの歯並びを良くして上品にした感じ。自然な茶色っぽい髪はサラサラでアゴは細く、どこか現実離れした不思議な子だった。実際、倉多江美という漫画家の作品に、ソックリな子が登場して驚いた。
この話には後日談があるけれど、もうスペースがない。