Now That I Know/Shannon McNally

すでに色々な準備は終わってひと息つけるはずなのに、母だけが相変わらず忙しそうに動き回っている。この3日間、仏壇に供える食事の仕度に追われているから。作りおきもせず、毎食きちんと作ろうとするから、そうなってしまう。しかも、全部自分でやらなければ気がすまないタイプ。手伝おうとしても、かえって邪魔になると言っていやがられる。お坊さんの話によると、毎食お供えのメニューを変える家庭なんて、今ではめっきり少なくなったという。これに限らず、母は、儀礼的なことにとてもこだわる人で、自ら仕事をどんどん増やして、いつも「忙しい!」を口癖にしている。でも私達は、それを見ているだけでどうすることもできない。
さて、そのお供えメニューとは、朝食はお粥や白飯に、お味噌汁やお漬物の内容を、毎日、少しずつ変える。昼食はそうめんやちらし寿司、お赤飯など。そして、夕食は精進料理の炊き合わせ各種。お供えした残りを、ちょっとつまんでみるとなかなかいける。
さらに、これに加えて、各種おやつもお供えするし、最終日には、夕食の後、送り出す時に、夜食(?)用のあずき入りのおにぎりも添えるという。
見ているだけで、大変なのがよくわかる。「もしも、私にお供えする時は、わざわざそんなことしなくていいからね。それに、奈良漬はキライだから、絶対にやめて!代わりに、果物やゴーヤをたくさん並べてね。」と言ったら、苦笑された。
午後、珍しいお客がやって来た。子供の頃、よく遊んでもらった親戚のお兄さん。最後に会ったのは大学生の頃だから、もう何年前のことだろう。私が幼稚園の頃、すでに小学校5〜6年だったと思うけれど、兄のいない私は、彼にとてもなついていた。その頃から生意気だった私は、1人前のふりをして、ゲームや遊びに加わっていたことを覚えている。そのため、幼い「妹」としてかわいがられるよりむしろ、よくいじめられていた記憶がある(私の打たれ強さは、きっとその頃培われた)。とにかく、彼の口の悪さは相当なものだった。それは今も健在のようで、同伴していた奥さんと娘さんに昔話をすると「やっぱりね」と言っていた。でも、そんないじめっ子のイメージとは裏腹に、子供の頃から長身(中学生の時すでに、鴨居に頭をぶつけていた)で、とてもシャープで整った顔立ちをしていた。ひょっとすると、幼い頃のそういう刷り込みが、男性に対する私の好みに大きく影響しているのかもしれない。そして、他の親戚のお兄さん達より、彼に無意識になついていたというのも、今ならよくわかる。